我が屋号にも含まれている「茅ヶ崎」
私はいま神奈川県の茅ヶ崎市に住んでいる。
しかし生まれも育ちも茅ヶ崎です!という純血の茅ヶ崎人ではない。
最近になって仕事の都合でフラフラと流れ着いただけのエセ茅ヶ崎人だ。残念ながら波に乗ったこともない。
初対面の人に茅ヶ崎に住んでいると言うと「サザンの!」「桑田佳祐の出身地ですね」などと反応がある。
当然だ。きっとサザンがいなければ茅ヶ崎をすんなりチガサキと認識することすら困難なのだ。
私が屋号に入れたのも「とりあえず地名入れとけば検索で引っかかりやすいんじゃね?有名だし」という安直な助平心による。
これが寒川や南足柄なら入れなかったはずだ。
ほら、誰もピンときていない。
茅ヶ崎市民のサザン愛は想像以上だった。
お店に入るといたる所でサザンが流れている。
飲みに行くとサザンを聴かずに帰るのが困難なほどだ。
洞窟にでも住んでいない限りサザンを避けては生きていけないだろう。
サラリーマンはJRの発着音、希望の轍に鼓舞され出勤し、希望の轍に癒されながら帰路に着くのだ。
もちろん私も折にふれサザンを聴いてはきたのだが、アルバム単位でちゃんと向き合ったことはなかった。
茅ヶ崎に引越すにあたり村八分に合わないようにデビューアルバムから聴いてみたのだが、
一曲目の第一声で既に「砂混じりの茅ヶ崎」云々言っていた。
底知れぬ茅ヶ崎愛よ。私が生まれる前から茅ヶ崎に貢献しているのだ。
これまでにサザンが好きで茅ヶ崎に移住してきた、と言う人も何人も見てきた。
人の人生を変えてしまうほどの影響力だ。
サザンが茅ヶ崎に与えた経済効果は計り知れない。
そんな茅ヶ崎にはサザン神社というイカした(イカれた)スポットがある。
サザン信仰が行き過ぎてついに神として祀ってしまったようだ。
私が部外者ならやりすぎだろと笑うのだろうが、茅ヶ崎市民としては茶化すわけにはいかない。
…いや、やりすぎだろ。
なにはともあれ桑田佳祐様、いや桑田佳祐神、70歳のお誕生日おめでとうございます。
貴方のおかげで茅ヶ崎は今日も平和です。
